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大阪高等裁判所 平成9年(ネ)1945号 判決 1998年9月24日

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人は、被控訴人井口進に対し二四万三〇〇〇円、同深田玲子に対し一四万四〇〇〇円、及びそれぞれに対する平成八年三月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人らのその余の請求を棄却する。

四  控訴人の反訴請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを八分し、その一を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。

六  この判決は、主文二項に限り仮に執行することができる。

理由

一  本訴請求について

1  請求原因事実は当事者間に争いがなく、控訴人の抗弁1(原状回復費用の特約)が認められないことは、原判決の当該説示部分(原判決八枚目表七行目から一一枚目裏八行目まで)のとおりであるから、同説示を引用する。

2  控訴人の抗弁2(設備協力負担金)につき、本件設備協力金についての合意がされたこと、及び本件設備協力金のうちに未払いがあることは、原判決の当該部分(原判決一一枚目裏九行目から一二枚目表一行目まで)の説示のとおりであるから、これを引用する。

3  被控訴人の再抗弁(住宅金融公庫法違反、信義則ないし公序良俗違反)について

(一)  控訴人が、住宅金融公庫から資金の融資を受けて、本件建物を建築し、その一部である本件各建物部分を被控訴人らに賃貸したことは、当事者間に争いがなく、本件設備協力金に関する約定が、全体として、住宅金融公庫法三五条、同法施行規則一〇条で禁止されている賃借人の不当な負担となる賃貸の条件に該当すると判断されることは、原判決の当該部分(原判決一二枚目表五行目から一三枚目裏八行目まで。ただし一二枚目裏九行目の「他方、」の次に「入居者は賃貸人の設置した冷暖房機の使用を拒否することはできず、」を加える。)の説示のとおりであるから、同説示を引用する。

控訴人は、本件設備協力金は物品使用料であり、かつ冷暖房機の使用を強制したことはない旨主張するが、弁論の全趣旨によれば、本件各建物部分を借りることと冷暖房機の使用とは一体不可分になっていて、賃借人としては部屋は借りるが冷暖房機の使用は断るといった自由を有していないなど右引用した原判決認定の事実関係のもとでは、控訴人が本件設備協力金を受け取ることは、住宅金融公庫法三五条、同法施行規則一〇条に違反するというべきであり、右認定判断を覆すに足りる証拠はない。

(二)  ところで、住宅金融公庫法三五条、同法施行規則一〇条に違反した契約の私法上の効力については、その契約が公序艮俗に反するとされるような場合は別として、被控訴人がいうように同条項に違反しているからとの理由だけで本件約定の全体が直ちに無効であると解するべきではない。すなわち、住宅金融公庫法は、住宅の建設及び購入に必要な資金で、銀行その他一般の金融機関が融通することを困難とする場合に、公的資金による有利な融資を実行することにより、国民大衆が健康で文化的な生活を営むに足る賃貸住宅を供給することを目的とし(同法一条一項参照)、公庫が賃貸人に対し償還期間や貸付利率につき有利な条件で必要資金を融資する一方で、賃貸人に対しては賃料の限度を設定する(同法三五条二項)ほか、賃貸の条件に関し、同法施行規則一〇条に定める基準に従って賃貸することを義務づける(同法三五条一項)とともに、賃貸人が賃借人にとって不当な負担となる同法違反の賃貸条件を定めた契約を賃借人に締結させた場合には、その違反状態の解消のために、罰則規定を設け(同法四六条)、あるいは融資金の弁済期が到来していなくても、いつでも償還を請求できると定める(同法二一条の四第三項七号)など、同公庫に対する賃貸人の義務を定めることによって、同法の目的を達成することを予定しているのである。同法は、右のように社会政策的な見地から、同法による融資を利用して建築した賃貸建物についての賃貸条件等を規制しているのであって、それ以上に右賃貸建物の賃貸条件の私法上の効力まで規制しているものではないから、同法三五条、同法施行規則一〇条の趣旨に抵触する賃貸条件を定めて賃借人にその賃貸条件を承諾させたからといって、それだけで直ちにその賃貸条件についての約定の私法上の効力まで否定することはできないものというべきであり、その約定が同法等の規制を逸脱することが著しく、公序良俗規定や信義則に照らして社会的に容認し難いものである場合に限り、かつその限度においてのみ、その約定の私法上の効力が否定されるものと解するのが相当である。

(三)  右のことを本件についてみると、本件設備協力金の金額と、住宅金融公庫の指導している標準使用料の算式により算出される金額との差額が後述する程度に止まっている本件においては、本件設備協力金の徴収を定めた約定は、その全体が公序良俗に反するとか、その請求が信義則に反するとかいうことはできない。

そして、本件のような冷暖房機についての設備協力負担金は、その金額が冷暖房機の通常の使用によって当然生じる償却費や維持管理費の程度のものである場合は、賃借人にとって強制されたものとはいえその使用によって享受する生活上の利益を得るために必要な実費の範囲にとどまっており、かつ賃貸人に利益を得させるものではないといえるから、設備協力負担金の徴収を定めた賃貸条件はその限度において私法上有効と解されるところ、他方において、右の実費の限度を超過する部分は、冷暖房機の使用を強制された賃借人の犠牲において賃貸人が利益を得ることになるものといえるから、住宅金融公庫法の社会政策的目的に照らしても、これは社会的に容認し得ないものと評価されるといわざるを得ない。住宅金融公庫は左記(1)のとおり冷暖房機の標準使用料算出方法を定めてその方式によって算出される額の範囲で設備協力負担金を徴収するよう指導しているのであるが、本件に明らかな事実関係に照らすと、右標準使用料の算式によって算出された金額は前記の冷暖房機使用に必要な実費に当たるものであって合理的なものと推認することができる。したがって、本件設備協力金についても、その金額が公庫の指導する標準額を超過する結果を生じている以上、右超過部分は是正しなければならず、その方法としては、本件設備協力金のうち、公庫の指導している標準額を超える部分は公序良俗に反し、私法上も無効になるものとして是正するのが相当である。

(1) 裁判所からの調査嘱託に対する住宅金融公庫大阪支店賃貸住宅課の回答書によれば、同支店は、平成八年四月以降、<1>冷暖房機購入費用としての冷暖房機購入資金の償却費(購入額×〇・〇一六五七三)、<2>維持管理費(購入額×〇・〇〇一四)の合計額を月額使用料の最高限度とする基準を指導していることが認められる。

(2) 《証拠略》によれば、本件冷暖房機と同程度の機能を持つ機種の標準価格は約二〇万円であると認められるところ、本件冷暖房機の購入費用については、領収書その他の証拠がないため、その正確な価格を確定することは困難であるが、この種家電製品については多数の台数を一括購入すれば相当程度の値引きがある(本件建物が六階建店舗兼共同住宅で、少なくとも一三台の冷暖房機が同時に設置されたことは認められるが、正確な設置台数までは不明である。)のは社会生活上の経験に照らして明らかであること、注文書によれば、被控訴人らの部屋に設置された冷暖房機一台の価額は一六万四〇〇〇円であり、取付費用総額五〇万円と値引総額四七万六八〇〇円とほぼ釣り合っているところ、被控訴人らの部屋以外の箇所に設置された冷暖房機の価額がかなり高価であることからすれば、右高価な冷暖房機の取付費用の方が多くの費用を要したと考えられること、などに照らせば、被控訴人らの部屋に設置された冷暖房機(設置費用を含む。)の値引き後の価格は、一台あたり約一六万五〇〇〇円と推認するのが相当である。

(3) 右価格を前記(1)の数式にしたがって計算すれば、その月額は次式のとおり三〇〇〇円(一〇〇円未満四捨五入)となる。

165000円×(0.016573+0.0014)=3000円

(一〇〇円未満四捨五入)

そうすると、約定の設備協力負担金の金額(二年間分一五万円)と、前記算出された月額三〇〇〇円との差額分については、私法上の効力が否定され、これについては、被控訴人らは控訴人に支払うべき義務がないというべきである。

(4) 本件各賃貸借契約がいずれも平成六年四月一日に更新され、平成七年九月二四日、被控訴人らがいずれも本件各建物部分から退却してこれを控訴人に明け渡したこと及び平成六年四月一日の更新時に被控訴人らはいずれも本件設備協力金一五万円を控訴人に支払っていないことは当事者間に争いがなく、平成六年四月分から平成七年九月分までの一八か月分を月額三〇〇〇円の割合で計算すると合計五万四〇〇〇円となる。

4  以上によれば、控訴人が被控訴人らに敷金を返還する際、差し引くことが許されるのは、いずれも設備協力負担金のうちの五万四〇〇〇円であるといえる。

(一)  被控訴人井口が差し入れている敷金二九万七〇〇〇円から右五万四〇〇〇円を差し引くと、その残額は二四万三〇〇〇円となる。

(二)  被控訴人深田が差し入れている敷金一九万八〇〇〇円から右五万四〇〇〇円を差し引くと、その残額は一四万四〇〇〇円となる。

よって、控訴人は、本件賃貸借契約終了に基づき、被控訴人井口に対しては敷金残額二四万三〇〇〇円を、被控訴人深田に対しては敷金残額一四万四〇〇〇円を、それぞれ本件各建物部分の明渡しの後である平成八年三月一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を付加して返還すべき義務がある。

二  反訴請求について

1  反訴請求の原因1及び2については、引用にかかる原判決の当該部分(原判決理由第二の一、二。原判決一五枚目表二、三行目)の説示のとおりであるから、同説示を引用する。

2  反訴抗弁に対する判断は、前記一の2、3に説示したとおりである。

3  以上によれば、控訴人の請求する原状回復費用は全て理由がなく、請求しうる設備協力負担金のうちの各五万四〇〇〇円は控訴人が被控訴人らからそれぞれ受領している敷金の範囲内にあるから、右敷金を超えて被控訴人らに金銭支払義務があるとする控訴人の反訴請求はいずれも理由がない。

三  よってこれと一部結論を異にする原判決を主文掲記のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六七条二項、六一条、六四条、六五条に従い、仮執行の宣言につき同法三一〇条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岨野悌介 裁判官 古川行男 裁判官 杉本正樹)

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